泉鏡花

筆跡・俳句

鏡花の書は清明でやさしい、識語と俳句の色紙・短冊や自筆原稿から

鏡花はどのような文字を書いたのだろうか?識語にせよ短冊にせよ、清明な感じがします。尾崎紅葉「此ぬし」[明治23年(1890)]の識語紅葉自筆原稿の前に、鏡花の識語(写本・刊本などで、本文のあと、または前に、書写・入手の由来や年月などを記した...
泉鏡花

鏡花臨終の「番町の家」、辞世の句、戒名、お墓など

鏡花自宅、番町の家。鏡花の書斎は二階にあった。鏡花は昭和十四年(1939年)九月七日午後二時四十五分に肺腫瘍により自宅で満六十五歳(数え年で享年六十七歳)の生涯を終えた。麹町下六番町の自宅は「番町の家」と呼ばれ、明治四十三年五月から住み始め...
書影・装丁・挿絵

鏡花の絵本は装丁だけではなく本全体が鏡花ワールドで現代の鏡花本です

鏡花の本の中には、当時の画家の手になった装丁や挿絵の美しさから「鏡花本」と呼ばれて珍重されているものが多くあります。とくに、小村雪岱は鏡花の本に限らず舞台装置なども手がけて、鏡花とは生涯にわたって緊密な関係を築きました。その後、鏡花本に見ら...
映画化作品

鏡花の映画化作品を原作の発表年順に一覧、VHS・DVDの情報も

鏡花作品の映画化数はが他の日本作家と較べて多いかどうかは、詳しく調べたことが無いので不明ですが、おそらく多いほうではないでしょうか。谷崎潤一郎は大正9-10年(1920-1921)には脚本部顧問として「大正活映」に入って実際の映画製作に携わ...
書影・装丁・挿絵

鏡花本の装丁・書影・挿絵・奥付・落札価格など【1. 明治期刊行本】

泉鏡花は明治から昭和まで活躍し、生前刊行された本の数も少なくありません。また、死後も全集・研究書を含めて多くの書籍が途切れることなく刊行されています。いくつかの書籍はその装丁の美しさと相俟って鏡花本と呼ばれ多くの人を魅了してきました。ただ、...