鏡花について他の作家はどのように評価しているのか

鏡花についての論評・研究はあまりに多すぎて代表的なものに目を通すことも、なかなか手が回りません。

研究は研究で面白いのですが、石川淳にならって言うのなら、「私は幸いなことに研究などという野暮なものはしたことが無い」というスタンスで純粋にその文章に陶酔するだけで十分でしょう。

ただ、同じ文章のプロである作家が鏡花をどのように評価していたのかは興味があります。
文芸評論家もプロとして文章を書きますが、批評の対象(例えば鏡花)がなければ文章自体が成立しません。
どちらが上というものでもありませんが、小説として自立する文章を書ける作家とはちょっと立ち位置が異なります。

目に付いた小説家の鏡花評をまとめておきます。

谷崎潤一郎

大正9-10年(1920-1921)には脚本部顧問として「大正活映」に招かれているが、その当時の評価、、

鏡花氏の場合に於ては、その多くの作品は最初から小説にすべきではなく映画にすべきではなかったかと思はれるほど。それほど映画に適して居るやうに感ぜられる。
出典:映画雑感(1921)

三島由紀夫

時代を超越し、個我を神化し、日本語としてもっとも危うきに遊ぶ文体を創始して、貧血した日本近代文学の砂漠の只中に、咲き続ける牡丹園をひらいたのである。しかもそれを知的優越や、リラダン風の貴族主義や民衆への侮蔑や、芸術至上主義の理論から行ったのではなく、つねに民衆の平均的感性と相結びながら日本語の最も奔放な、もっとも高い可能性を開拓し、講談や人情話などの民衆の話法を採用しながら、海のように豊富な語彙で金石の文を成し、高度な神秘主義と象徴主義の密林へほとんど素手で分け入ったのである。

石川淳と三島由紀夫の対話

石川 泉鏡花は、少なくとも自分が書いたお化けは信じていたでしょうね。どうしても出るべきものが出たということでね。あれはたいしたことだな。鏡花さんのようなお化けの信じ方が一般にはできないから、それでおもしろいんだな、鏡花という人は。」
三島  ぼくは鏡花を愛した人の中で、ほんとうに鏡花が分っていた人はいないような気がする。そんなことに気がつかないのがまた鏡花ですね。」
三島 ぼくは、鏡花のもっているイノセンスというものは、ほんとうに好きですね。」
三島 しかしぼくは、鏡花の開拓した分野というのは、これから意味をもってくると思うのですよ。予言してもいい。」
三島 (中略)荷風は、もう時代を憎んで憎んで、現代を憎んで憎んでいるうちに、自分の知的な、批評的な刃だけを信じるようになっていたと思うんですけれどもね。鏡花はそんなもの、護身術といえるものはなんにもないですね。あんなに裸で生きていた。ある時代を過ぎると、護身術をもってる人よりも、裸で生きていた人のほうが、あるいは意味があるかもしれないんですね。これは現代でもぼくは言えると思うんですよ。
石川 しかし現代では、鏡花さんみたいな生き方はむつかしいでしょうね。
三島 裸で生きるということがなんてむつかしい時代なんでしょうね。小説家はああいうふうに裸で生きたいな。」

三島 ぼくは、単細胞のせいかもしれないけれど、革命というものはイデオロギーの問題でもなんでもない、ただ爆弾もって駈け出すことだと思っている。駈けるのには、百メートルを十六秒以下でなければ駈けるとは言えない。そのためには、ふとっていちゃ絶対だめですよ。(中略)革命というのはやせていなければだめですよ。インテリが革命と直結するのは思想だなんて嘘ですよ。肉体とつながらなければ、直結するわけはないですよ。
石川 思想なんか見かけほどの関係はないですね。つまり暴力一般という問題と入れかわりになる。今、革命を起すとして、暴力をどう使うか。ジョルジュ・バタイユが言っています。つまり、フランスにルイ王がいて、ロシアにツァーがいたときに革命は成り立っている。冠かぶったやつの首を斬ると、いちおう革命はできますよ。ところがそのあとは、デモクラシーになった。デモクラシーがニセものの、不完全なものであっても、幾分かは民主的でしょう。こいつの革命はどうすれば成り立つか。いちおう冠はないことになっている。それではだれの首を斬るんだ。冠かぶった形のやつの首を斬ったとしても、あとまた首はニョキニョキと、孫悟空みたいに出てくる、だから、デモクラシーというものは化けものですよ。あとからあとから首が出てくるから、それをいちいち斬っているうちに当人が斬られてしまう。だから、昔は冠かぶった首を斬ると、これが覿面に効果があったけれども、今はその暴力をどこに使うかということですよ。
三島 右翼の一人一殺という理論は、デモクラシーでめちゃくちゃになりましたね。理論的に完全に破産しましたね。
石川 理論的にも実際的にもないでしょう。革命に暴力はつきものですよ。暴力がいいの悪いのというのは、よっぽどバカが言っているだけでね。ところが、今だれを斬るかというと、それがはっきりしない。だから、刀が美術品になったということは、革命の精神からいっても、まことに嘆かわしい。
三島 嘆かわしいですね。刀は人を斬るものですね。
石川 三島君の虎徹はどうしました。この前、ぼくを斬ると言ったけれども(笑)。
三島 石川さんを斬れば、かけがえがないから、ほんとうは斬る意味があるんでしょうけれどもね(笑)。
石川 泉鏡花を斬るとか。これはいいですね。鏡花さんびっくりするだろうな。いや、それはちょっと意味がありますね。今は斬る相手がない。だから暴力の使い途ということで困ってるんじゃないかな。」
出典:石川淳 対談集『夷齋座談』 破裂のために集中する 三島由紀夫と (昭和45. 12)

中島敦

日本には花の名所があるように、日本の文学にも情緒の名所がある。泉鏡花氏の芸術が即ちそれだ。と誰かが言って居たのを私は覚えている。併し、今時の女学生諸君の中に、鏡花の作品なぞを読んでいる人は殆んどないであろうと思われる。又、もし、そんな人がいた所で、そういう人はきっと今更鏡花でもあるまいと言うに違いない。にもかかわらず、私がここで大威張りで言いたいのは、日本人に生れながら、あるいは日本語を解しながら、鏡花の作品を読まないのは、折角の日本人たる特権を抛棄しているようなものだ。ということである。
出典:泉鏡花氏の文章

芥川龍之介

 鏡花泉先生は古今に独歩する文宗なり。先生が俊爽しゆんさうの才、美人を写して化を奪ふや、太真たいしん閣前かくぜん牡丹ぼたん芬芬ふんふんの香を発し、先生が清超の思、神鬼を描いて妙に入るや、鄒湛すうたん宅外、楊柳に啾啾しうしうの声を生ずるはすでに天下の伝称する所、我等亦多言するをもちひずといえども、其の明治大正の文芸に羅曼ロマン主義の大道を打開し、えん巫山ふざんの雨意よりも濃に、壮は易水の風色よりも烈なる鏡花世界を現出したるはただに一代の壮挙たるのみならず、又実に百世に炳焉へいえんたる東西芸苑げいえんの盛観と言ふ可し。
先生作る所の小説戯曲随筆等、長短錯落さくらくとして五百余編。けいには江戸三百年の風流を呑却どんきやくして、万変自ら寸心に溢れ、には海東六十州の人情を曲尽して、一息忽ち千載に通ず。真に是れ無縫天上の錦衣。古は先生の胸中にあつまつて藍玉らんぎよく温潤おんじゆんに、新は先生の筆下より発して蚌珠ぼうしゆ粲然さんぜんたり。加之しかのみならず先生の識見、直ちに本来の性情より出で、つとに泰西輓近ばんきんの思想を道破せるものすくなからず。其の邪を罵り、俗をわらふや、一片氷雪の気天外より来り、我等の眉宇びうたんとするの概あり。試みに先生等身の著作を以て仏蘭西羅曼フランスロマン主義の諸大家に比せんか、質は※(「警」の「言」に代えて「手」、第3水準1-84-92)けいてん七宝の柱、メリメエの巧を凌駕すく、量は抜地無憂の樹、バルザツクの大に肩随けんずゐす可し。先生の業またおほいなる哉。
先生の業の偉いなるはもとより先生の天質に出づ。然りといへども、其一半は兀兀こつこつ三十余年の間、文学三昧ざんまいに精進したる先生の勇猛に帰せざる可からず。言ふを休めよ、騒人清閑多しと。痩容そうようあに詩魔しまの為のみならんや。往昔自然主義新に興り、流俗の之に雷同するや、塵霧じんむしばしば高鳥を悲しましめ、泥沙でいさしきりに老龍を困しましむ。先生此逆境に立ちて、隻手羅曼ロマン主義の頽瀾たいらんを支へ、孤節こせつ紅葉こうえふ山人の衣鉢を守る。轗軻かんか不遇の情、独往大歩の意、ともに相見するにへたりと言ふ可し。我等皆心織筆耕しんしきひつかうの徒、市に良驥りやうきの長鳴を聞いて知己を誇るものに非ずといへども、野に白鶴の廻飛くわいひを望んで壮志をせること幾回なるを知らず。一朝天風妖氛えうふんを払ひ海内の文章先生に落つ。ああ、嘘、先生の業、何ぞ千万のうれひ無くして成らんや。我等手をひたひに加へて鏡花楼上の慶雲を見る。欣懐きんくわい破願を禁ず可からずといへども、眼底又涙無き能はざるものあり。
先生今「鏡花全集」十五巻を編し、巨霊きよれい神斧しんふあとを残さんとするに当り我等知を先生にかたじけなうするもの敢て※(「言+剪」、第4水準2-88-73)せんれつの才を以て参丁校対さんていかうつゐの事に従ふ。微力其任に堪へずと雖も、当代の人目を聳動しようどうしたる雄篇鉅作くさくは問ふを待たず、あまねく江湖に散佚さんいつせる万顆ばんくわ零玉れいぎよく細珠さいしゆを集め、一も遺漏ゐろう無からんことを期せり。先生が独造の別乾坤べつけんこん、恐らくは是よりまつたからん乎。古人曰「欲窮千里眼更上一層楼きはまらんとほつすせんりのめさらにいつそうろうをのぼらん」と。博雅の君子亦「鏡花全集」を得て後、先生が日光晶徹の文、哀歓双双あいくわんさうさう人生じんせいを照らして、春水欄前に虚碧きよへきただよはせ、春水雲外に乱青らんせいを畳める未曾有の壮観をほしいままにす可し。若し夫れ其大略を知らんと欲せば、「鏡花全集」十五巻の目録、ことごとく載せて此文後に在り。仰ぎ願くは瀏覧りうらんを賜へ。
出典:「鏡花全集」目録開口全文(大正十四年三月)

山尾悠子

泉鏡花も体言止めで小説が終わったり(笑)。あれ結構好きなんです。こんなの他にはないって強烈に印象に残っていた。
出典:好書好日でのインタビュー

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